2009年02月17日

枝野幸男「道から介護へ」税金の流れを変えよう

国会傍聴記by下町の太陽・宮崎信行さまの記事で見た、
民主党の枝野幸男議員の動画が面白い。


我が意を得たり。
いいことを言っているのでぜひ動画を見てください。


これからは何に対して、お金を使うか。

今までのごとく道路工事やダム工事の予算を増やすよりも、
もっといい事に使ったほうがいいじゃないか。

予算の優先順位を変える。


政権交代後にまずやらないといけないこと、
やるべきことはこれでしょう。

福祉と教育は政府がお金を使っても、
バチはあたらないだろうというのが私の考えです。


「コンクリートからヒトへ」
これは民主党の考えたキャッチコピーですが、
社民党、国民新党も共有できる精神ではないかと思います。



枝野幸男「道から介護へ」税金の流れを変えよう 2009年2月9日


----

人気ブログランキング
クリックによる声援をいつも送っていただき、ありがとうございます。


posted by socialist at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界を変えるには

政治の場ではいろいろなことが取り上げられるが、
多くの人にとって、それほど差し迫って重要ではない案件と言うのがある。

地球温暖化、外交、国防、文化政策、
海外の貧困問題、マイノリティの人権、科学技術政策など。

そういう諸問題は、言うまでもなく重要だが、
多くの人は、さしあたり、「どうでもいい」と考える。

一般市民にとってそれらは全部、
重要度が低い「ロー・ポリティクス」である。


しかし言うまでもなく、重要である。
だからそういったものに関心を持つ人は、

いかにしてそれらの政策をいい方向に導くか、
「みんなが真剣に関心を持たない」という制約条件の中で、
考えないといけない。

----

たとえば外交・安全保障である。

現代民主主義社会において、それはちっとも、
「ハイ・ポリティクス」扱いされていない。

むしろ、「ローエスト・ポリティクス」と言っても
過言ではないと個人的には思う。

繰り返すがそれが現実である。


外交がどうでもいいとまでは思わないが、
私自身も社会保障etc.のほうにより大きな関心を寄せている。

----

たとえば我が国の外交について、
これこれこういうところに問題がある、
これをこういうふうにして、このようにすべきだ、
などと、かまびすしく学生は言う。


確かに問題はあるのかもしれない。


しかしそれはわれわれ国民の責任である。

外交政策において多少デタラメをやっても、
歴代の総理で言っていることがコロコロ変わっても、
国民は基本的に意に介さない。

かといってプロの外交官に委任するわけでもなく、
国民は時に、ナショナリズムや、他国への怒りなど、
感情をむき出しにして外交を阻害する。

まあ、そういうものである。

----

それは人々が馬鹿だからではない、と思う。
外交なんぞに対して時間を割いて真面目に考えることは、
ほとんどの人にとって合理的ではないからだ。

投票権は1票しかないし、相手があることだから、
どういう外交が自分のためになるか、わかったものではないのだ。
それならもっと直接的に自分のためになることに時間を割いたほうがいいのだ。

国際政治学徒の中では、その「現実」を見ない人が
「現実主義者」を名乗っていたりするからシュールである。


外交などという案件は、常に「ロー・ポリティクス」、
「重要度:低」の案件として扱われるのが自然であり、それが現実なのである。

その現実を見据えた上で、ではどうするか?
というところまで考えなければいけない。

----

そういうカギカッコつきの「どうでもいい」案件に
関心を持つ人々は、当然だがいないというわけではない。

環境問題はビジネスに繋がることが分かり、
人々の関心を引くようになったのでひとまず除外しよう。


人権問題、世界の貧困問題などなど、
重要だが人々の関心を引かない問題は多い。

そういう人々は問題意識を持ち、理想に燃えているが、
多くの人の関心の低さという現実に、必ず直面する。

しかしそのままでは、状況は改善しない。


だから色々なことを考えるわけである。

パレードを行ったり、Tシャツを作ったり、
デモをしてみたり、シンポジウムを開いたり、
歌を作ったり、ビラやポスターを作ったり、
映像を作ったり、フェスティバルを開いたり、

とにかく、いろいろなことをやっている。


外交に関心を持つ人々は、そのような取り組みから、
何かを学んでもよいのではないかと個人的には思う。

もちろん困難もある。
外交などというのは、あまりラディカルなメッセージを出しては困るだろう。
しかし地味なことを主張しても関心を引かない。

しかも、外交にかかわる案件はとても「政治的」であり、
どんなことを言っても反発を生みやすい。

人々の立場も対立する。
「貧困問題」であれば、「貧困削減」自体に強硬に反対するような人は少ないから、
関心さえ持ってもらえれば「わりと勝ち」という側面もある。
外交であればそういうわけには行かない。

難しい。


難しいが、何とか外交にも関心を持ってもらうべきだと思う。
国民の目から離れてプロが勝手に交渉する、というのはもはや不可能だろう。

ならば外交に、国民の冷静な判断力と戦略性を求める、
という訴えをしてもよさそうなものだと個人的には思う。

そのような、国民向けの努力はほとんど行われていないのではないか。

外交にまじめな関心を向けない国民に対して、
怒ったり、馬鹿にしたりしているだけではないか。


仮に、世界の貧困に真剣に取り組まない多くの人々に対して、
怒ったり馬鹿にしているだけの人を見たらどう思うだろうか。
「そんな姿勢じゃあ、意味がないよ」と考えるのが普通だと思う。

----

人気ブログランキング
クリックによる声援をいつも送っていただき、ありがとうございます。
posted by socialist at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

表現のやり方

鈴木邦男×雨宮処凛×保坂展人 「愛国心」トークライブ




社民党提供ですが、意見は三者三様。これはいいトークライブですね。

保坂議員だけが喋るとか、福島みずほ党首が
社民党の公式見解を述べるよりもかえっていいのかもしれない。


民主党のYouTube動画は議員のメッセージや
幹部の記者会見がそのまま載っているだけだったりするので、
その点は社民党の動画のほうが面白いですね。

----

私の持論としてあるのは、
やはり表現のやり方を工夫しないといけないということ。

年金や税制など、人の興味のひくテーマを扱うならいいが、

例えばまあ、愛国心とか、地球環境とか、外交政策とか、
そういう、一般の関心を引かないテーマを扱い活動する人は、
一般人の無関心を嘆くだけでは絶対に駄目だということ。

きれいなビラをくばる、楽しげなデモを打つ、パーティーを開く、
美しい映像を作る、有名人を引っ張り込む。

そういうことをやらなければ駄目だ、ということ。

そうでなければ、もともと関心のある人だけが来て、
多くの人に対して自分たちの思いを伝え、広げることが出来ない。

----

人は、正しいことには動かない。
人は、楽しいことに動く。

座右の銘のひとつです。



理想だけでは他人はなかなかついてこない。

本当に人を動かそうと思えば、
論理ではなくフィーリング、情の部分に働きかけないといけない。

それが選挙において大切だと聞きました。
選挙以外においても、おそらくそれは同じことなのでしょう。

----

人気ブログランキング
クリックによる声援をいつも送っていただき、ありがとうございます。
posted by socialist at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中川大臣「酒と薬の相乗効果」

中川大臣は「酒と薬の相乗効果」というところまで、トーンダウンした。

麻生氏は中川氏をわざわざ官邸に呼び、
大臣を続けるようにと指示した。

野党は中川大臣の問責決議を出す構えに入った。

----

中川大臣は批判をかわしきれないだろう。


野党が問責を出すというのはどういうことだろうか。
「参議院では中川さんを大臣として認めませんよ」ということである。

中川大臣は参議院に出入り禁止、
財務大臣不在のため予算関連法案は審議ストップということになる。

問責決議が通ったときには、簡単に言うと
「けしからん大臣」VS「国会審議を止めるけしからん野党」
という構図になる。

この勝負は、どちらにより逆風が吹くか、
言いかえれば問責にどれだけの理解が集まるかということになる。

目下の内閣支持率、中川大臣の行動などからすれば、
この勝負は政府・与党に分が悪い。
だいたい、味方からも辞めたほうがいいという声があがっている。


だから中川大臣は自分から辞めたほうがよかったのであるし、
野党の戦略は正しいといえる。

----

大悪手を打ってしまったのは麻生氏である。
政局というものをわかっていない。

中川大臣を辞めさせるのならわかるが、辞めさせないのに、
わざわざ官邸に呼んだ意味がまったくわからない。

「辞めない」ことが、
「本人の判断」から「総理と本人の判断」に変わってしまった。


この後の展開として、
中川大臣が辞めざるを得なくなったら(おそらくそうなるだろう)、
その時麻生氏はまた、「前言撤回をやらかした」ということになってしまう。


麻生氏にとっては辞めさせることが上策、
ノータッチを貫くことが中策、
わざわざ続投のお墨付きを出すことは下策であった。

麻生氏は見事に下策を採った。

----

人気ブログランキング
クリックによる声援をいつも送っていただき、ありがとうございます。
posted by socialist at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。