2009年03月25日

植草一秀氏が指摘する日本のメディア・検察の問題点

植草一秀氏はこのように指摘している。
長い引用になるが、読んで頂きたい。

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「国策捜査」=「知られざる真実」への認識拡散効果
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2240.html

>国民は警察・検察、司法を中立公正の存在=正義の味方と考えがちである。しかし、実態は間違いなく違う。

>この事実を実感として正しく認識している者は少ない。

>テレビ局は警察・検察、司法を「HERO」として描くドラマを繰り返し制作する。考えてみればすぐ分かる。事件報道のニュースソースの大半は警察・検察情報である。

>多くの企業が警察、検察から「天下り」を受け入れる。警察・検察の判断は規定に基づく機械的なものでない。巨大な「裁量」に基づく。「裁量」は簡単に「利権」に転化する。企業が警察・検察からの「天下り」を受け入れるのは、警察・検察に巨大な「裁量権」が付与されているからである。

(中略)

>警察・検察組織は制度上、行政機関に分類される。行政機関の長として指揮命令系統のトップに位置するのが内閣総理大臣である。

>裁判所は司法機関として行政権から独立していることとされるが、最高裁判所判事の任命権は内閣にある。各裁判所の人事は最高裁に統括されるから、人事の運用方法によっては、内閣総理大臣は裁判所人事にも介入し得る。

>報道機関は事件報道を警察・検察からのリークに依存する。事件捜査中に容疑者の供述内容や事件の背景などが「関係者によると」などの枕詞(まうらことば)とともに報道されるが、このほとんどすべてが当局からのリーク情報である。

>報道機関はニュースソースを秘匿するから、情報源を確定することができない。ニュース報道は、「・・・が関係者への取材で分かりました」などと伝えるが、実際に報道機関が取材せず、検察のリーク情報などを書き換えていることがほとんどである。

>マスメディアは所管官庁に許認可権限を握られている。NHKも予算を含むすべての監督権限を総務省に握られているから、政治権力に抵抗することができない。

>民間のメディアは存立基盤をスポンサーに握られているから、スポンサーの意向に抵抗できない。スポンサーの大半は政治権力に対抗しようと考えない。政治権力に迎合する企業が大半を占める。

>政治権力・大資本・外国資本・マスメディアは結託して「御用放送」を制作するのである。「官僚機構」も「天下り」維持の権益を確保し、利権互助会の一角を占める。

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植草氏の指摘は的を射ていると思う。

この指摘に従えば、
政権交代の後は、小沢が影響力を行使し、
メディアや検察、警察を思うように動かして
民主党政府に都合のよい体制を作っていくことは可能だろう。

しかしそのようなことはしないだろうし、してほしくもない。


報道については、大企業をスポンサーに持つ大メディアだけでなく、
多様なメディアに取材、発言の窓を開くことが必要だろう。
記者クラブの撤廃はその一環となる。


検察については、
「準司法機関」と呼ばれるが、
制限もあるとはいえ実際には法務大臣の指揮権に服する行政機関である。

私自身はこの分野については門外漢のため偉そうな提言はできないが、
より政治家からの独立性を高めるか、
または検察が刑事訴訟の起訴の権限を独占している制度を再考するなどのことは、
検討してもいいのかもしれない。


いずれにせよ今後への課題を残す事件である。

民主党、社民党、国民新党の議員には、
今後後ろ向きの「報復」に走らず、
前向きな形での制度変革を検討されることを請う。

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posted by socialist at 05:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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