2009年05月17日

小沢一郎の代表辞任は防げなかったのか

5月16日、民主党の代表選挙が行われ、
鳩山由紀夫氏が代表に選出された。

鳩山氏は改憲派でもあり、かつての「排除の論理」の記憶もある。
とはいえ、この局面で野党共闘をないがしろにするような人物ではなかろう。

政権交代間違いなし、という情勢ではなくなってしまったが、
この期に及んで弱音を吐いてもおれまい。

鳩山氏を中心に民主党は団結し、
野党共闘によって自公政権を打倒し、国民生活の再建が行われることを期待する。

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とはいえ、敵も必死である。
検察、マスコミ、与党が政権交代阻止に向けて動いている情勢である。


民主党の小沢前代表は、そのような勢力によって、
不当にも民主党代表の座を追われることになった。

また、小沢続投への楽観論を唱えた私は、
その予想を外したことになるのであって、読者の皆様にお詫びしたい。


しかし、なぜ、このようなことになってしまったのか?


民主党は、この「敗北」から何かを学んでおかなければ、
新たな民主党代表も、また同じことを繰り返すであろう。

具体的に言えば、鳩山氏が何らかかの、
「作り上げられたスキャンダル」によって倒れることがないとは言い切れないのである。

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私は繰り返し、小沢続投で問題がないし、
小沢は辞任しないだろうとの議論を展開してきた。

その議論は、どこが間違っていて、どこが間違っていなかったのだろうか。


今となっては確かめるべくもないが、
国民意識への影響というものがあったとしても、
小沢代表のまま選挙を勝利することは可能であったと、今でも思っている。

しかし、党内の反主流派が「世論」に反応して浮足立った。
もしかすると、その機に乗じて権力を奪取しようとしたのかもしれない。
ともあれ、小宮山洋子など前原グループ、野田グループの議員によって、
ついに小沢は辞任に追い込まれてしまった、というのが概ね真相のようだ。


彼らを追い出せと鼻息の荒いブロガー諸氏も多い。
私としてはそのような意見には与しない。
もちろん政策路線も政局の判断も、前原、野田の類と私とは相いれない。

しかし彼らを追い出して政権交代が成るほど余裕のある状況でもあるまい。
前にも述べたが、「純化路線」では万年野党の座を歩むことになる。


ただ、彼らの力を私は見誤った。

小沢、菅、鳩山らが占める民主党執行部に、
前原、野田グループが敵うはずがない、と考えていたが、これは私の間違いであった。

・どのような経緯で、党内政局が進行したのか。
・小沢は自分が代表にとどまる意欲が強かったのか、それとも鳩山でもよいと考えていたのか。

今のところ、このあたりの機微は私には知る由がない。


前原、野田一派の動機は何だったのか。
民主党の勝利を危ぶんだか、自らが党内で権力を握ることか。

それは分からないが、少なくとも大義名分としては「世論」があった。



小沢代表でも選挙に勝てたと今でも思うが、
しかしながら「世論」が民主党議員に予想以上の影響を与えてしまった。

小沢執行部は、「世論」への働きかけが不足したと思う。

もう少し、出来ることはあったのではないか。
「反小沢派」の議員は別として、
そうでない人々はもっと懸命に小沢をかばい、状況を説明するべきであった。

そして、もっともそれが求められる人物は、小沢一郎その人であった。

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たしかに、連日のマスコミ報道は全くけしからん、と言いたくもなる状況であった。
マスコミの報道姿勢の不当性については私自身も書いたし、
他のブログでも繰り返し指摘されている。


野党にとっては、今の大マスコミは政権交代阻止をもくろむ
「敵」として認識しなければならない状況であることは間違いないだろう。


しかし、「敵」として警戒することと、
「敵」とみなして働きかけを諦めることは別である。


小沢一郎には、マスコミ、そして国民に対して訴える姿勢、
国民に対してパフォーマンスを行う姿勢が不足していた。

マスコミとて完璧に情報を統制できるわけではない。
野党のすることを全て黙殺し、闇に葬ることができるわけではない。


できるなら小沢が、そしてもっと多くの民主党議員が、
たとえば長妻昭のような弁の立つ人物が、
検察批判と小沢擁護の論陣を張るべきであった。

その役割は実質的に郷原信郎が請け負う形になったが、
民主党議員ではない者が民主党代表の第一の擁護者だというのは、おかしいことである。


西松建設に関する「第三者委員会」の立ち上げについてはテンポが遅れ、
十分に世間の関心を引くこともできなかった。

また、「企業団体献金全面禁止」についても党内がまとまらず、
結局「3年をめどに」というややトーンダウンした形となった。


あるいはマスコミの「説明責任を果たせ」というキャンペーン。

説明責任といっても何を説明すればいいのか明らかでないし、
聞きたいことがあれば具体的にそれを小沢に問う機会はあったわけで、
マスコミの「説明責任」キャンペーンは不当である。

しかし、マスコミが不当であるとクダを巻くだけでは政争には勝てない。
それへの対策が必要であった。

例えば、実際のところ、
小沢はそのような多額のカネをもらって、何に使っていたのかということ。

これは例えば政策立案、選挙対策のための有能な秘書軍団を作るためということがある。
あるいは若い選挙候補者の、ポスターやビラなどにかかる費用の支援などもある。

こういうことは政治に熱心な関心を寄せる一部の人しか知らない。

もっと、小沢やその仲間が説明すべきだっただろう。
小沢としては「書類にちゃんと書いていて説明責任はそれで済んでいる」
という思いだったであろうが、マスコミはその原理原則を解しないのである。


有効な世論対策がないままジリ貧となり、
結局反主流派が動き、小沢辞任という結果になってしまった。


鳩山新体制ではこれと同じ轍を踏んではならない。

マスコミを警戒することは怠ってはならないが、
いざ鳩山にスキャンダルが降ってきた、というようなことになれば、
その時は、小沢の時よりも積極的な世論対策が必要となるだろう。

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その点、社民党の保坂展人などはテレビに出て小沢をかばうなどし、
福島瑞穂も検察を批判する姿勢においてブレることがなかった。

これは当初、小沢がどの程度「クロ」か分からないころは、
私も「社民党が小沢の巻き添えを食う」と不安になったものだが、
最終的に福島瑞穂の判断は正しかったことがわかった。「結果オーライ」かもしれないが。

福島瑞穂は、小沢辞任に対して
「国民の疑問に答えておらず、極めて問題だ」と不満を表明した。

天木直人氏は福島瑞穂のそれが気に入らなかったらしく、
「この期に及んで政治資金疑惑を追及し、小沢一郎に説明責任を求める福島社民党にはつくづく失望させられた。日本共産党以下である。社民党に未来はない。」
と手厳しい。

しかし社民党の立場を代弁させてもらえば、福島瑞穂の不満は正当だと思う。
民主党自身がもっと頑張るべきだったからだ。


社民党としては、その支持層のことを考えれば、
「スキャンダルを抱えた保守の大物政治家」をかばうのは、楽な仕事ではない。
日本共産党のように小沢批判に回ることがむしろ安楽な道であろう。

しかし、社民党は他党のことでありながら、小沢をかばった。

ところが、当事者である民主党が、ベストを尽くさずに、早々に降りてしまった。
福島瑞穂としては、民主党自身がもっと頑張るべきだったと言いたくもなろう。

天木直人氏の社民党批判、とくに「日本共産党以下」という部分は全く不当である。

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posted by socialist at 05:28 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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